ビールは酒にあらず

第2回にして早くも変化球。先行きが思いやられますが、ビールが美味しい季節になりましたので、ビールにまつわる偉人の言葉。福澤諭吉のお酒にまつわる名言(迷言?)、「ビールは酒にあらず」です。

 

福澤諭吉は幼少の頃から無類の酒好きで親が心配したほど。アメリカ留学でビールの味を知り、また、職業の貴賤を問わずビアホールに一堂が会して、酒を飲みながら談笑するという文化にいたく感動したそうです。江戸時代は身分社会。武士と町人が酒席を共にすることは稀でした。

 

日本に帰国した後も輸入ビールを楽しんでいました。明治2年には横浜に日本初のビール醸造所が開設しますので、程なく国産ビールも飲んでいたのかもしれません。

 

福澤諭吉の自叙伝である『福翁自伝』には酒の話題がよく出て来ます。若い頃は朝から酒を飲んでいたそうで、これではいけないと、禁酒を宣言。酒の代わりにタバコを試すも禁酒に失敗。結局、酒もタバコも両方飲むことになってしまいました。後に酒量は減ってもビールだけはどうにも止められず、開き直ったのか、「ビールは酒にあらず」とのたまったそうです。

 

因みに、『福翁自伝』中、「酒」という単語は150回、「学問」という単語は20回です。『学問のすゝめ』で一躍有名になった福澤諭吉ですが、人生を振り返ると酒にまつわるエピソードに事欠かなかったようです。

 

自宅にはビールの大瓶が常備されていて、客人を迎えるとビールを飲んで議論します。「とりあえず生」と言ったかは怪しいですが、「まずはビールで」というスタイルは福澤諭吉が由来と言われています。

 

明治初期の言論界の大物。訪ねてくる学者や門下生、記者は緊張しているはず。リラックスして会話を弾ませるためのノミニケーションだったのか、福澤諭吉本人がビールを飲みたいだけだったのか、どちらだったのでしょう。

 

『西洋衣食住』に、「「ビィール」と云ふ酒あり。是は麦酒にて、その味至て苦けれど、胸膈を開く為に妙なり。」と書いていますので、胸襟を開いて会話をするためにビールを用いた、と信じたいところではあります。

 

ところで、福沢諭吉と福澤諭吉、どちらの表記が正しいのか、使われ方を調べたところ、新聞等の一般的な出版物では当用漢字を用いた福沢諭吉が使われており、慶應義塾大学のホームページや旧居・記念館は福澤諭吉の表記となっています。固有名詞はなるべく当時の表記を用いた方が良いと思い、この稿では福澤諭吉としました。まあ、先生は合理主義者なので、気にしないでしょうが…

 

稿の締めに更なる小ネタです。ロシアでは2011年まで、アルコール度数12%未満は清涼飲料水と同じような扱い。文字通り、「ビールは酒にあらず」だったそうです。在ロシア日本国大使館のHPに、法律が変わるので気を付けましょうという趣旨の領事情報が記載されています。流石はロシア…

 

【在ロシア日本領事館からのお知らせ(飲酒場所の規制強化ついて:改正法の施行)

http://www.ru.emb-japan.go.jp/japan/JVISANDTOURIZM/2011/20110722.html