· 

スルガ銀行のシェアハウス融資の問題にとどめを刺したのは日本銀行?

スルガ銀行のシェアハウス融資の問題について、スマートデイズのほかゴールデンゲインも破産したことが東京商工リサーチより先日、プレスリリースがありました。また、Yahoo!ニュースでも取り上げられているようです。

 

【東京商工リサーチのプレスリリース】

http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20180523_03.html

 

このような一連の報道もあって、個別の問い合わせや質問が複数ありましたので、この機会に私の意見を述べますと、スルガ銀行のシェアハウス融資の問題が一気にクラッシュしたことには、日本銀行の考査が影響したと思っていますし、そもそも、この問題がここまで放置されたのは、日本銀行静岡支店の怠慢だと思っています。もちろん、直接の証拠を得られる立場にありませんし、また事情を知る日本銀行員は、みなし公務員としての立場あるいは日本銀行員としての守秘義務があるので、真相は司法・法廷や国勢調査権・国会の場以外では明らかにならないかもしれません。

 

こうした事情もあり、あくまでも私見・想像の域を出ないものであることをご承知のうえ、お読みください。

 

以下、議論というかもっと大手メディアが取り上げるべきだと考えているポイントです。

 

①日本銀行静岡支店はスルガ銀行がシェアハウス融資にのめり込んでいることを知っていた

 

日本銀行は取引先金融機関から貸出先別貸出金や貸出金利の計数を徴求しているので、当然、スルガ銀行を担当している日本銀行静岡支店もスルガ銀行がシェアハウス融資に前のめりなことを知っていました。貸出先別貸出金の系列に「個人による貸家業」(いわゆるアパマンローン)を追加するプロジェクトに私自身が関わっていますし、日本銀行内でデータがどのように共有されているのかについては、銀行内のデータベース更改に携わったのでよく知っています。また、支店での金融機関モニタリングを経験しているので、どのレベルで日銀の支店が地域金融機関の融資動向を把握して、それを問題視するのか知っています。おそらく、知っていて放置した(問題だと思わなかった可能性も残念ながらあり得ますが…)、スルガ銀行の財務状況が問題なかったので強く言えなかったのだと思います。因みに、日本銀行の本支店には驚くような細かい情報というか、銀行に対する不平不満が寄せられていますので、当然、スルガ銀行のシェアハウス融資を問題視する声もあったと思います。時代はだいぶ前ですが、私が大阪支店にいた時は、「○○銀行に貸しはがされた」といった苦情が企業から直に寄せられていました。

 

②日本銀行の考査のタイミングとスルガ銀行のシェアハウス運営業者への融資態度が豹変する時期が一致している可能性

 

日本銀行は スルガ銀行に2018年2月14日から考査(立ち入り検査)に入る旨の承諾を2017年11月27日に得ています。一連の報道をみると、スルガ銀行はこの時期(報道の多くは12月)からシェアハウス運営会社への融資態度が硬化し、結果、シェアハウス業者はつなぎ融資が得られなくなったため資金繰りに詰まったようです。考査に入られる金融機関は、当然、身構えます。過去の計数を粉飾する先は稀ですが、問題がありそう・指摘されそうな先については、「過去実績はともかく、改善傾向にある」ことを証明するため、徴求対象ではないごく直近計数や対応策を用意して自己弁護するのは当然です。

日本銀行が放置した挙句の考査のプレッシャーのために、スルガ銀行が急ブレーキを踏んでクラッシュしたのではないか、と疑っています。

因みに、同時期の考査について、農中信託銀行は 2017年11月22日に承諾で2018年2月13日からの考査、名古屋銀行は 2017年11月22日に承諾で2018年2月14日となっており、スルガ銀行は承諾がやや遅いというのが気になります。

 

③スルガ銀行の火消しのために日本銀行OBがスルガ銀行の取締役に就任予定

 

近年では中々見かけないあからさまな人事ですが、日本銀行OBで金融機構局(考査をする部署)で地域金融機関を担当していた審議役(局の次長に相当)経験者がスルガ銀行の取締役に就任予定です。スルガ銀行のプレスリリースに詳しい情報があります。

体制立て直しのために事情に詳しい方が必要になり、おそらく日本銀行の推薦もあって白羽の矢が立ったのでしょう。本人からすれば、定年後、弁護士事務所に弁護士として勤務していたところを狩り出されてお気の毒な気もしますが、組織を守るためには必要措置なのかもしれません。

 

 

スルガ銀行のシェアハウス融資を巡る問題については、スルガ銀行や杜撰な運営していた業者が主犯ですが、法的な責任はともかく、日本銀行にも道義的な責任はあると考えています。また、騙された個人は被害者ではありますが、欲に溺れて目が曇っていなかったのか。もちろん法的な問題ではなく、道義的な問題です。ただ、騙されてからでは遅い。結局のところ、騙されないための正しい知識・リテラシーしか自分の身は守れないと考えると、一抹の寂しさがあります。