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ウナギの経済学 ~嘘、でたらめ、違法行為~

今日は土用の丑の日。毎年この時期になると、ウナギの不漁や価格高騰、そして少し日を置いてコンビニやスーパーで売れ残りが大量廃棄というのが鉄板ネタ。絶滅危惧種を捕獲し続けた挙句、大量廃棄というのは完全に市場の失敗。法的な規制も導入されているが、ウナギビジネスはダークサイドの世界で流通の詳細すら把握できていない。

 

二ホンウナギは絶滅危惧種で、国際自然保護連合によって、「近い将来における野生での絶滅の危険性が高い種」としてレッドリストに掲載されている。同じカテゴリーには、トキやジャイアントパンダが掲載されているが、生態が判明し、繁殖・生育方法が確立しているこれら種と違い、二ホンウナギの生態については不明な点が多く、完全養殖については費用面の問題等から軌道に乗っていない。何しろ、研究開始から36年かかって2011年に、やっと産卵場所がマリアナ海溝であることが分かったというレベルだ。産卵場所は日本から2,000キロ離れており、そこから海流に乗って西のフィリピン方面へ、そして黒潮に乗って北上、日本近海に至る。

 

いわゆる天然物の親ウナギの漁獲量は激減しているため、国産と言われているウナギのほとんどは稚魚であるシラスウナギを国内で養殖したもの。そのシラスウナギの採捕や流通経路については、およそ法治国家とは思えない行為がまかり通っている。水産庁や共同通信によれば、国内で採捕されたシラスウナギで報告された漁獲量は約6割。残りの4割については密漁や指定業者以外への販売のため、報告されてない。

 

水産庁のヒアリング調査によると、漁獲量を報告しないのは、

① 採捕者が他人に自分の採捕数量を知られたくない(優良な採捕場所を秘密にしたい、大漁へのねたみを回避したい等)、報告するのが面倒などの理由で報告しない 、② 採捕者が指定された出荷先以外へ、より高い価格で販売し、その分を報告しない 、③ 無許可による採捕(いわゆる密漁)

が理由である。平たく言えば、嘘、でたらめ、違法行為だ。

 

また、輸入されたウナギについては、養殖期間が海外よりも日本国内で長ければ、出荷の際は、「国産」と表示できる。海外での養殖期間については自己申告のため、例えば、中国で1年間育てられたウナギが養殖期間5ヶ月と表示されても証明する手立てはなく、そのウナギを国内で6ヶ月育てれば、国産ウナギとして出荷される。

 

シラスウナギの流通経路は複雑で多段階構造になっているため、採捕者の特定は困難。マネーロンダリングの構造に極めてよく似ており、ウナギロンダリングと言って差し支えないだろう。これに中国での採捕や流通、国際取引が加われば、2つの国を股に掛けた国際犯罪。おそらく脱税行為も絡んでいるだろうし、逮捕者が増えて手口や流通経路が解明されれば、そのうち映画化されるのではないだろうか。

 

一般に、供給側の構造が複雑で詳細が分からない場合、法的な規制は難しい。米国などの例をみると、漁獲制限をするために沿岸パトロールの抜き打ち検査や流通段階での把握に注力しているようだが、日本のシラスウナギについては、極端なことを言えば、ガラス瓶に海水を入れて輸送することも可能だし、流通経路も複雑だ。しかも、漁業者や流通業者間で申告されていないシラスウナギを扱うことが慣例となっており、この均衡を崩すのは難しい。司法取引が定着すれば、「不正行為を密告すれば、過去の不正については問わない」という取引もあり得るだろうが、漁師の仲間意識・村八分を恐れることを考えれば、些細な罰則のために仲間を裏切ることはないだろう。

 

供給側が難しいとなると、需要側、つまりウナギの価格を上げて需要を抑制するという手が考えられる。ウナギ税をかけることができれば値段はあっという間に上がるが、おそらく実現されないだろう。農水大臣にとっては、ウナギのためにリスクを取る決断は取りがたいし、本当に絶滅の危機なのか、そこまでしないと駄目なのかなど反対の声も大きいと考えられる。これには、ウナギの生態に不明な点が多く、そもそもの生息数すら不明な点が影響している。価格ではなく、消費者心理に訴える作戦も考えられるが、特定の食材や産業に対して、公的機関がネガティブキャンペーンを採ることは現実的には難しい。消費者にウナギ購入権を割り当てることも考えられるが、コストがかかり過ぎる。

 

長々と書いたが、二ホンウナギの現状は極めて深刻だ。トキやジャイアントパンダを食べようと思う人はいないだろうが、二ホンウナギは食用。海水温の変化といった影響のみならず、人間も敵に回る。ウナギの旬は秋から冬にかけてだが、まさか、自分が書いたキャッチコピーのせいでウナギが絶滅に追い込まれるとは、平賀源内も思わなかっただろう(因みに、ウナギの脂質は良質だしビタミンも豊富で疲労回復に効果がある)。

 

経済と環境についても言えることだが、こうした問題の価値判断は難しい。ウナギを守るために経済的に困窮する人が出る可能性があることを良しとするのか、という意見もあるだろうし、将来のウナギビジネスのため、あるいは、生物多様性のためにはやむを得ないという意見もあるだろう。

 

いずれウナギが食べられなくなると思えば、「では、今のうちに食べておこう」と考えるのが普通の反応かもしれない。自分がちょっと余計にウナギを食べたことが絶滅に繋がる可能性は極めて低い。皆が同じことを考えれば、需要は抑制されない。個人がウナギに払う費用は目の前のメニューや値札の値段だが、実際には、ウナギの生態研究や資源管理などのコストがかかる。私的費用と社会的費用のズレが大きいのだ。

 

ウナギの社会的費用を算定・公開したらどうなるのだろうか?もしかすると、ウナギを食べることのお得感が増すように思えるし(本当は高いのに目の前の値段は安い!)、ちょっと悪いと思うことをするほど人間はテンションが上がるので、逆にウナギの需要は増えるかもしれない。環境税のようにウナギの価格に社会的費用を乗せることはできるだろうか?

 

確実に言えることは、法的な規制の枠組みは上手く機能していない。次は経済学の出番だ。

 

【参考】

ウナギをめぐる状況と対策について(水産庁)

ウナギ稚魚、4割出所不明(共同通信)