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台風21号で見えた本当のリスク

 

先日、日本を縦断し、関西地方に多大な被害をもたらした台風21号。執筆の段階では、まだ被害規模は定かではないものの、関西国際空港の施設の水没(SNSに投稿された動画では漁港に見える…)や流された船が衝突したことによる連絡橋の損傷、京都駅天井の部分崩落などの主要輸送機関へのダメージのほか、建設作業場での足場の倒壊、広告看板が飛ばされたことによる二次被害、そして二次被害で散乱した物体が暴風でさらに他の物体にぶつかって被害をもたらすなど、スペースデブリによる連鎖反応を地上で見るかのような現実感覚を超えた被害があった。台風21号の勢力は事前に分かっていたし、ちょうど、防災週間に併せて「防災統一模試」を企画しているサイトがあり、知識の確認をしたつもりではあったが、「それでも」・「まさか」という思いがある。人は現実を見るまで、さしたる想像ができないのかもしれない。

 

その僅かな想像力と今般の台風21号襲来前後の各種SNSでの投稿を俯瞰すると、ある懸念が浮かび上がる。それは、公共・公的機関への判断の依存だ。JR西日本は早い段階で計画運休を決めたが、私鉄の一部に判断が遅い会社があった。「この程度の風雨であれば運航には問題がない」、「公共交通機関として、乗客が一人でもいるのであれば、運行を優先したい」。それはそれで評価される点もあるが、一方で、電車を動かせても、暴風による飛来物への対策や停電までをもコントロールできない可能性を考慮するのであれば、より早い段階での計画運休を決断すべきであった。駅の近辺で乗客が怪我をする恐れがあることを、どの程度、考慮していたのだろうかなど疑念は尽きない。

 

そして、なお輪をかけて筆者が注目しているのは、「電車が動いているかもしれない状況では、出勤しなければいけない。出勤するのが当たり前」、という社員の声、また、経営者や役職に就いていると思われる方々からの、「他社の状況を勘案しつつ、公共交通機関が止まっていないのであれば、営業せざるを得ない」という意見を散見したことである。前者については自分の身体に対するリスクを他者に委ねているし、後者については生産ラインや業務を止めたくないという本音を自分が言い出すわけにはいかず他者(そして、権威のありそうな公共・公的機関)に判断を委ねている、という構造が透けて見える。

 

問題は輻輳していて、大阪市について言えば、大阪市庁舎、そして、日本銀行大阪支店が中之島に所在している。大阪市役所は紛れもなく災害対策の指揮系統の本部、日銀大阪支店は停電時でも使える現金の供給元、あまつさえ、日銀本店で有事が起こった場合のバックアップ機能も備えている。災害時の本丸が御堂筋の道路を挟んでお向かいに立地しているのだ。大阪にお住まいの方はご存知だが、川から近く、時折、ウミネコが大阪湾から飛来する場所だ。

 

時代を遡れば、両者の立地は商都大阪としては最適であった。明治政府の無知により世界最高峰の洗練された米の先物取引を規制されたが、米市場があった堂島や曾根崎心中で有名な商人街に近く、南には現在の道修町、更にその先には難波がある。大阪城を東に臨み、港湾地域は西に程よい距離だ。経済的な条件としてはベストといって良いだろう。当初から日本銀行大阪支店も、そして、大阪市庁舎も他の場所に居を構えたが、最終的には、現在の立地に落ち着いた。南北を貫く幹線道路、現在のメインストリートにまる御堂筋に面しているのも都合が良かったのだろう。

 

平時に繁栄を目指すことは素晴らしい。そのために公的機関をどこに置けば良いのかという点について、大阪市内であれば、中之島・御堂筋沿いを疑う声は少ないのではないだろうか?筆者は新人時代、日本銀行大阪支店で勤務していたが、実体験として、様々な企業を訪問するのに便利な場所で、大阪の中心という感じを抱いていた。だが、変事の備えという点では優れた立地なのだろうか。

 

大阪市のハザードマップをみると、淀川周辺での増水を予想していているようで、中之島の北岸までは被害が見込まれているが、中之島については水害の影響は少ないように見える。行政の発表をひとまず信じるとして、それをもって、中之島は安全と見做して良いのだろうか?

 

中之島を語る大前提として、中之島は「島」である。つまり、交通は橋に依存しており、複数本ある橋の一つでも不具合が生じると、交通の流れに支障を来す。関西国際空港の連絡橋が波で流された船で損害を受けたことを考えると、慎重にならざるを得ない。水笠が上がっている状況を想定するとなおさらだ。橋の大部分が健在であっても、御堂筋は北から南への一方通行なので、信号機や道路標識、人間の認知の問題も重なって、柔軟に交通ルートを設計するという訳にはいかないだろう。「橋に頼らずとも、京阪が!」という声もあるだろうが、大災害時を想定した場合、地下鉄に交通インフラの支えを期待するのは楽観的過ぎるように思う。停電や浸水、レールの破損など、閾値を超えた災害に地下鉄は弱い。特に、停電の場合、電力による空気の循環ができない状態で地下に潜るなど自殺行為だ。

 

私自身はハザードマップのリスクの見積もりには抜けや漏れがあるのではないかと、懸念している。大阪市作成のハザードマップは淀川の氾濫、内水氾濫、南海トラフ巨大地震による津波浸水を想定しているが、満潮と台風による大しけが重なった場合はどうなるのだろうか。地下鉄や地下街を経由してのインフラへのダメージや、複数の悪条件が重なった場合など、もう少し丁寧に情報を発信してしかるべきだろう。中之島へ被害が楽観的にみえて気になるところではある。

(大阪市ハザードマップ)

http://www.city.osaka.lg.jp/kikikanrishitsu/page/0000300714.html

 

関西国際空港への台風による被害は今後、検証されるのであろうが、大阪府が作成した津波時の浸水想定と併せて、改めて検討すべきであろう。大阪湾内において津波の浸水と台風の高波による浸水とどちらの被害が大きいのか、少なくとも台風については、今後も発生しうる水害のある意味では下限に近い目途となった。地球温暖化が抑制される状況になく、海水温度による台風の勢力の影響、まして水面下温度の影響などが研究途上にあることを踏まえれば、実際に水害が生じるという状況においては、まだまだ上があると想定した方が良いだろう。

(大阪府ハザードマップ)

http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/6693/00195880/sankoushiryou%2004%20tsunamishinsuisouteizu%20zenntaizu.pdf

 

やや迂遠になったが、究極の問題は、企業や住民の意思決定の拠り所となっている公共機関や公的機関が、何のしがらみもなく意思決定を行えているのかという点に尽きる。大災害のリスクについては、過去の想定を超えたことが、近年、発生し続けている。これは公的機関が立地場所を選定した際に考慮しきれていなかったことだろう。そして、一旦、立地してしまうと、そこから動くには、多大な政治的なコストがかかる。もし、万が一の非常時に備えて、災害時の指揮命令機能だけを移転するとしても、新たな施設の建造コストもあれば、「今いる場所は大規模災害時には危ない」というメッセージを発することに繋がる。例えそれが真実で、大規模災害といういつ起こるか分からないが、起きた場合には多大な損害に繋がるテールリスクの備えには重要であったとしても、目先、ビジネス街が集積してしている場所について、ネガティブな評価を公的機関が下すことは難しい。まして、公的機関があったからこそ、そこに近い場所に立地した企業もあるし、政治的な軋轢も当然、生じるだろう。数年に一度のリスクに備えることも難しいのに、数十年に一度のリスクとなれば、組織内部での合意すら難しい。

 

だが、それはあくまでも人間の都合だ。今年は、関西では地震、豪雨、台風と災害が続いた。こんな酷い年は、もう二度とないと思いたいが、少なくとも私が知っている地学の知識では、地震と豪雨・台風の発生確率は関係がない。独立している。つまり、地震が起きたからといって、豪雨・台風が手加減をしてくれる訳ではないし、逆も然りだ。南海トラフの大地震が起こっても、台風が気を遣って逸れてくれる訳ではない。逆も真である。

 

そして、温暖化傾向を踏まえれば、豪雨と台風は増えると考えた方が良いだろう。地震や豪雨・台風はその道の専門家により、個別に研究されている。メカニズムを発見し、大災害の発生確率を知るにはそれが最適だろう。では、そうした事象が重なった場合はどうなるのか。この問いについては、各分野の専門家の守備範囲外になる。その分野は都市工学等の専門となり、行政の公開情報では発信が少ない領域だ。台風21号の被害において、地震の影響は全くなかったといえるのだろうか?例えば、暴風で看板が吹き飛ばされたり、自動販売機が倒れたりといった事象に、地震による固定器具の損傷、極端に小さなレベルではネジの緩みが影響していなかったのか。臨界点の状態では、どんな些細なことも大きな影響を及ぼし得る。

 

災害対策、業務継続プラン・BCPの分野では、災害規模・リスクの見積もり如何でコストは青天井になる。そのことを承知した上で、では、その被害規模・リスクの見積もりの前提条件は何であるか。それが、行政機関を介したものであれば、一度、疑ってかかった方が良い。彼らも人間で組織内部での評価を気にした提言をし、あまつさえ、政治に巻き込まれている。予測を間違う条件が揃いすぎている。全面的に信頼を寄せるのはリスクがあると思った方が良い。

 

自然災害の災害規模・リスクの見積もりであれば、なるべく、科学を拠り所としている、大学・研究機関、気象庁等の一次データを参考にすべきだし、多様な意見を考慮すべきだ。自信過少には気をつけた方が良いが、自信過剰よりは遥かにマシだ。信用や評判の価値はかつてないほど高まっている。風評が広がる速度も比べ物にならない。誰かを危険に晒すチャレンジよりは、休業というコストを払った方が良い局面が増えている。

 

極端な事例は問題を際立たせる。この災害の経験を踏まえて、改めて、個人レベルでも企業レベルでもリスクがある中での意思決定について考える好機である。誰かに依存した意思決定は危険だ。そして、自分自身がダメージを受けることは多々ある。これだけ問題が高度化すると百戦百勝など到底不可能だ。だが、折れてはいけない。しなやかな回復、レジリエンス(復元力)が唱えられて久しい。まさに現実問題として、意思決定の高度化、そして、ダメージを受けても折れない、レジリエンスが試されようとしている。